まず気になったのがプリントアウトされたメニューブック。
今まで散々外食をする中で、いろんなメニューブックは見てきたつもり。
モダンでかっこいい強面なメニュー、ミニマリストすぎて内容が分かりづらいメニュー、料理人の腕っ節が伝わる筆遣いのメニュー、繊細で素朴な手書きメニューなど、メニューブックにも多種多様な性格が見受けられる。
でも、ワインビストロ「ライオンミドリ」でみたようなメニューブックは初めてだった。
それぞれのレシピの生い立ちや、出会いなど事細かく、気持ちも踏まえて記されている。
しかもタイピングされているのにも関わらず人情が伝わってくる。
まるで日記のような、お手紙のような温かさ。
しかも食材、いや、野菜や肉などとの会話の様子を覗いているかのようなメニューブックなのだ。
その思い遣り深い料理と手を取り合ってくれるナチュラルワインの数々。
今日は美味しいワインを「大事に」呑みたいな。
なんて思ったときには、ついついもうそっちの方向へ足が勝手に向かってしまう。
国際通りの端っこから、蔡温橋を渡って少し歩き、大通り沿いに面して「ライオンミドリ」はある。
少しだけ奥まっているため一瞬見つけにくさもあるが、それがまた穴場感があっていい。
店主の野口泉さんは、とっても物腰柔らかでとびきり優しい笑顔の持ち主。
メニューブックにその人柄が滲み出てるってわけだ。
(ちなみにこのメニューブックの書き方は実はパートナーの指摘を受けてもっとわかりやすく書くようになったという。なんて素敵なご夫婦なんでしょう。)
でもお話を聞いていると、なんだろう。何か「信念」を感じる。
それはフィジカルな分かりやすい強さではなく、しなやかで純粋で、コトコト弱火で煮込んだ深い味わいに似ている。
東京、パリ、そして沖縄では沖縄市(2ヶ所)、と様々なところで飲食の世界にいた野口さん。
群馬出身で、なんと元々はカメラマンだった。
今はもうないが当時東京の下北沢にあったビストロに打ち上げで訪れてから食の世界に目覚めたという。
ここ「ライオンミドリ」はオープンして8年目。
沖縄でナチュラルワインを扱うお店はオープンした頃は少なかったため、当時から貴重なワインビストロの一つだ。
ライオンミドリの特徴でもあるナチュラルワイン。
野口さんが一本一本国内外の様々なワイン生産者のストーリーを汲み取り、そのワインに合うお料理を考える。
そんな選りすぐりのナチュラルワインを置いている中で、ひときわ思い入れのあるワインがあるという。
しかも「この人が造るワインを飲んで欲しくてお店をやっています!」と言い切ってしまう辺りがかっこいい。
「この人」だが、アレクサンドル・バンという作り手。
フランスのサンセールからロワール川を渡り、プイィ・フュメの丘に向かう途中に、「ドメーヌ アレクサンドル バン」はある。
プイィ・フュメはプイィ=シュル=ロワール村を中心に7つの村からなるソーヴィニヨン・ブランの銘醸地としてフランスで有名なワイン産地。フランス・ロワール川の上流域にあるアペラシオン(フランスの法律で、産地偽造を防ぐため、製造過程から品質管理までの特定の条件を満たした場合のみ付与される認証制度)で、ソーヴィニヨン・ブラン100%で造られる白ワインが有名である。
野口さんはこのアレクサンドル・バンが織りなすドラマを身振り手振りで説明してくれた。
それはなんとアレクサンドル・バンがある種、頑なに「ピュア」なワインの作り方を続けた結果、アペラシオンを恒久的に奪われてしまい、屈しない姿勢で裁判で自ら奪還するというドラマチックな話だった。
というのも、世界的に有名な「プイィ・フュメ」もその知名度から保守的な考えが多く、進化を嫌うようになってしまった。
そこでアレクサンドル・バンは喝を入れるのだ。
彼は、世間一般がいうソーヴィニョン・ブランのイメージに「当てはまる」ことへの疑問を感じ、本当の「プイィ・フュメ」とは何かという問いを投げかけ、純粋なワイン作りを心がけた。
彼は土地の力を信じ、ビオロジック(化学肥料を使用せず、有機栽培する農法)やビオディナミ(ビオロジック農法に天体の動きなど自然界のエネルギーを考慮したオーガニック農法の一種)による手法でブドウを栽培し、完熟させ、自然酵母の力だけで発酵、濾過もせず、亜硫酸の添加もしないワインを造り始める。
(なんと彼、ブドウを完熟させている時につくこともある貴腐菌がついたままのブドウも敢えて個性として収穫しているらしい。)
「重いトラクターだと土に影響を及ぼしてしまうので、馬2頭で畑を耕すんです。すごいですよね。自然のままを大事にしているので、雑草もすごいボウボウの畑で。」と笑いながら野口さん。
自然の潜在能力を引き出す農法ではブドウの生育を邪魔しない程度なら雑草が生えても問題ないし、むしろテロワールの個性となる。だが、アレクサンドル・バンはそのピュアな哲学を代償に、雑草の高さなどの細かな規定があるアぺラシオンを剥奪されプイィ・フュメを名乗れなくなってしまったのだ。
型にはめた教科書通りの造り方に一石を投じるアレクサンドル・バン。
冷静でありつつも熱く闘志を燃やし、愚直なまでに自分の信念を貫き通したパンクすぎる精神。
その反骨精神には気品すら感じる。
私はまるで絵本の読み聞かせのように野口さんのお話に引き込まれてしまった。
それぞれストーリー豊かなワインを揃えているライオンミドリ。
そのワインに優しく付き添えるお料理の中でも、野口さんのおすすめの一品は「名物じゃがいものグラタン」だ。
ピューレ・ド・ポム・ド・テール(じゃがいものピューレ)をグラタンにしている逸品。
「料理の付け合わせで使われることが多いんですが、じゃがいもって蒸すなり、茹でたり、焼くなり、何ミリの目で濾して、それから1時間くらい火に賭けたりっていう仕込みが大変で。レストランでじゃがいものピューレを仕込ませてもらえるのは割と花形なポジションなんです。みんなすごい太い腕でかき混ぜたりなんかしてて、そんな思い出があってね。」と思い出すかのようにふふふと笑った。
「だから好きですね。」そういうと優しく頷いた。
ライオンミドリには野口さんのお気に入りの映画のポスターなど(国内外)がずらりと貼ってあり、定期的に衣替えしているという。
お店のど真ん中にマスターピースともいえる巨大な額に入れてある映画のポスターは、フランスの地下鉄や映画館で使われるポスターをフランスの古本屋で直談判してもらってきたりしたそう。
もはやレコ屋を回り、ディグる感覚でポスターをコレクトしていく野口さん。
(ちなみにご本人のコレクションは2000枚にも及ぶ。)
何を隠そう、野口さんは昔ギターをやっていてミュージシャンを目指していたという過去をもつ。
70年代の伝説的沖縄ハードロックバンド「Condition Green」が昔からの憧れで、当初沖縄市のコザでお仕事をしていたときはものすごく嬉しかったそう。
ほんわか優しさ溢れる野口さんから、ハードロックという言葉が出てきてびっくりしたが、アレクサンドル・バンの不屈な精神に惚れる辺りに納得。
インタビュー中に何回か「本気で働く大人たちが周りにいたから」という言葉が出てきた。
きっと厳しい環境でも誠実にまっすぐにお仕事をしてきたからの気づきがあるのだろう。
「若い子の気づきになるようなお店になったらいいな。」そういうと照れるように微笑んだ。
チーズにビオワイン、そして気の利いたつまみ。幸せな要素が詰まったライオンミドリ。
一品一品に物語を忍ばせ、野口さんのナラティブとなって生きてくる。
まるで深呼吸するようにゆっくりと美味しいナチュラルワインを感じることができる、取って置きのお店。日頃の疲れを是非アンワインドしにいらしてはいかが。
Photo by Makoto Nakasone
Text by Michiko Nozaki
店舗情報:
ライオンミドリ
住所 〒900-0013 沖縄県那覇市牧志3丁目18−23
電話番号 080-6484-8060
営業時間 16:30-23:30 (日曜日のみ14:30-23:30)
定休日 火曜日
(*最新の情報は店舗のFacebookもしくはお電話でご確認ください。)