ぼーっと雲の動きを目で追いながら深呼吸をする。
鼓膜が水の中で音を柔らかく遮断してくれている。
指先まで体の全ての力を浮力に委ねる。
自分の呼吸しか聞こえない。
ゆっくり目を閉じると私は海と一つになった気がした。
バスクリンを入れたようなエメラルドグリーンの海、白く目を突き刺すような砂浜。
裸足でかかとをぐりぐりと砂浜に押し込むと木になったような気さえした。
宮古島は人間のあるがままを感じ取ることができる。
人間と自然。
人工と天然。
コンクリートの冷たい印象と木目の暖かい印象。
ネイチャーとヒューマンは、よく対置される。
何食わぬ顔で「人間は自然と共存しなければならない。」という人もいるだろう。
でも本当は「共生」なのかもしれない。
そう。一部であり、人間も自然なのだ。
そんな現代社会におけるギャップを感じ、対峙せずに生きることを表現する宮古島出身のアーティスト、新城大地郎さん。
今回宮古島にあるPALI GALLERYで始まった展示の題名からも、その想いを言わずと感じ取れるのではないだろうか。
雨ニモマケテ 風ニモマケテ
「宮古を出て都会に行くと、時間通りに物事が進むようにシステム化されている環境で、人間主体の世界なんですよね。雨は降るものだし、風は吹くもの。そこをコントロールするっていうのはする側が疲れちゃうし。そことのギャップをすごく感じていて。抗っても仕方がないんですよね。自分達がナーバスになるのは根本的に違うと思う。だから負けてもいいんだっていう部分を強調して、そういう風土を見直してほしいっていうメッセージを持たせたいんです。」と大地郎さん。
幼い頃から和尚だった祖父の影響で禅の言葉や禅画を見て育った。
禅画は「物事に問いを立てる」思考を司ってくれる表現だという。
そんなとらわれない表現を身近に感じ、心がける中で、当たり前のように「書」で自己表現をするようになった。
「例えば、円相も丸と見るのか、球と見るのか、点と見るのか。そういう思考を禅画はさせてくれるんです。いろんな奥行きがあり、スタイルがあるんです。」
大地郎さんの表現はまず、文字の意味という切り口からチューニングし、気持ちが入り、そして文字の形となる意味と感情を探っていく。意味の持つ形をモチーフとして「自己」を探して、自分のカタチを形成していくのだ。
「言葉とか文字は有能なものだと思っています。共通認識やコミュニケーションができるものだけど、そこに対して本当に自分の気持ちが反映されているのか。その意味を持つ形として表現しているのかとか。それを常に問いかけて自己を探っているんです。」
禅は自分の心を見つめる作業だとも言われているが、まさに自問自答していく様子はアートの創造過程とも言えるだろう。
「逆さまに愛を飾ってくれているイギリスの友人がいて。」そういうと微笑ましく話してくれた。
「縦に大きく「愛」と一文字で書いた作品を、その方が好きだからといまだに逆さまに飾っていて。その感覚って僕らが必要な意識のような気がするんですよね。」
まさに作品を自由に、グラフィカルにみているのだ。
目から入った情報に無意識に意味を重ね合わせてしまうと気づけないことがある。
「賢くなってしまうと固定化されてしまうので、もう少し柔らかくゆとりのある判断ができる社会になればいいなと思う。」
大地郎さんは自分の作品を造形として捉えてくれれば良いと、言ってしまえば文字に見えなくても良いという。
先入観を持たせ過ぎずに、いろんな思考に余白を与えられるような表現をすることで、
新たな糸口を発見するようなきっかけを作り、「見るものを混乱させる」表現をしていきたいからだ。
宮古島をベースに海外含めいろんな旅を重ねるうちに、日本にいると気づけなかったことに気づいたりと、「遠くにいればいるほど自分のルーツ、そして自分自身を見つめることができる」と大地郎さん。
特に宮古は今開発が目まぐるしく進み、人工的で強引な風景が増えてきている。
その姿は彼の目には共生ではなく「対抗している」ように写るという。
そういったシーンが日常的な光景と化し、やがて地元の人々にも当たり前になってしまった。
「台風が来ても抗うことなく、家の中で待って、屋根が飛ばされたら、また直して。日照りが続いたら、雨乞いの歌を歌って、神様にお願いする。そういう風にずっと生きてきた。だから御嶽を大事にしたり、暦を読みながら信仰したりと潜在的な精神性があるんですよね。」
「正反対の物事が起きているこの現状から、それぞれが本質に向き合うことができたら、良いコミュニケーションが生まれるんじゃないかと思うんです。」
宮古島には守るべきものがあり、変化を受け入れながら生きていくスタイルがあったからこそ今があるということを、大地郎さんのいう「もっと余裕を持ったやり方」で思い起こさないといけない。
だからこそ宮古島で作家活動をやる意味があり、宮古島にも表現できる場所が必要だと思い、
共同ディレクターである石川直樹さんやチームと「PALI GALLERY」をオープン。
今回の展示には宮古島の素材が多く使われている。
力強く描かれている作品に使われている藍は、地元の藍染作家であり宮古上布の織り手でもある砂川美恵子氏が宮古島の太陽と土で育てた藍を収穫し、泡盛と黒糖で発酵させるべく藍を建て、大事に作り上げられた泥藍(染液)だ。
真ん中にはいくつか白い塊と黒い塊が置いてある。
白いかたまりは琉球石灰岩。
宮古島は珊瑚礁が隆起してできた島だから琉球石灰岩が良く露出している。
「その琉球石灰岩の一つは藍を塗った岩、もう一つは墨を塗った岩。自然のものと不自然なものを表したくて。」大地郎さんは言葉を丁寧に選びながら説明してくれた。
一見同じように見えるかもしれない。
その矛盾を表現し、尚もその美しさによる共生を感じさせ、それが良いセッションへと繋がる。
彼はその「良いセッション」がいい風景を生み、更に気持ちのいい時間になるという。
物、人、場所など全ての事柄に対してのリスペクトが欠けていると、良いグルーヴは生まれない。
そういうものから感じてほしいと話してくれた。
それは展示全体から「自ずから然からしむ」ことを考えさせてくれる。
ここPALI GALLERYは今後も進化し続ける。
宮古島の表現で「畑」という意味の「ぱり」。宮古島からアートを耕して育てていきたいという心から来ている。その想いからアーティスト・イン・レジデンスを行う計画があるそうだ。
10月の展示も既に決まっており、アーティストを招いて、アトリエや寝床を用意し、現地にある素材をアートのマテリアルとして作品作りをしてもらうという。地元の空気を吸って、地の物を食べ、飲み、そして島の人々と交流し、一緒に体を動かすことで「生活の延長で表現し、自己を見つけていく」という。
それは、とっても人間らしいあるがままの精神だ。
PALI GALLERYにはPALI STANDという美味しいコーヒースタンドが隣接している。
是非コーヒーのアロマで癒されながら、展示も見てもらいたい。
Photo by Yuya Tamagawa (@_yu__ya__)
Text by Michiko Nozaki
展示情報:
「雨ニモマケテ 風ニモマケテ」展
DAICHIRO SHINJO
07.08(Fri) – 09.04 (Sun)
https://www.reverb.co.jp/gallery
Photo by Masato Kawamura
新城 大地郎 (@daichiro_ ) 1992年沖縄・宮古島生まれ。静岡文化芸術大学卒。
禅僧であり民俗学者でもある祖父を持ち、禅や仏教文化に親しみながら幼少期より書道を始める。
禅や沖縄の精神文化を背景に現代的で型に縛られない自由なスタイルで、伝統的な書に新たな光を当てている。オールドファッションな書道を飛び越え、形式にとらわれない軽やかで、身体性、空間性を伴ったコンテンポラリーな表現を追求する。
「 tricot COMME des GARCONS 」21AW に作品が起用、2021年「 HERMES 」制作のドキュメンタリーフィルム「 HUMAN ODYSSEY 」に出演。
2017年10月Playmountain Tokyoにて初個展「Surprise」、2018年TRUNK HOTELロビーのインスタレーション、UNTITLED ART FAIR 2020 (サンフランシスコ)、2021年12月「JINEN」UNION SODA(福岡)など。
2022年5月写真家・石川直樹と共にディレクションを務めるギャラリー「PALI GALLERY」を宮古島にオープンした。
店舗情報:PALI GALLERY
住所 〒906-0013 沖縄県宮古島市平良下里574-6 ウエスヤビル1F
営業時間 12:00-18:00
定休日 月曜日
@pali_gallery
@pali_stand